大判例

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広島高等裁判所 昭和45年(う)194号 判決 1973年1月29日

主文

原判決を破棄する。

被告人滝川満雄、同堀永敦臣、同山本卓雄を各懲役四月および科料九〇〇円に処する。

右科料を完納することができないときは、金四五〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人三名に対し、この裁判確定の日から二年間右各懲役刑の執行を猶予する。

原審および当審における訴訟費用は全部被告人三名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は検察官服部卓提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。所論は、要するに、原判決は、被告人三名に対する本件鉄道営業法違反および威力業務妨害の各公訴事実につき、その外形的事実をすべて認めながら、被告人らの本件所為は表現の自由の範囲を多少逸脱するとしても、社会通念上なお相当と認められるとしたうえ、威力業務妨害の点については、動機において正当であり、行為の態様も相当であり、被害もまことに軽微であるとして、実質的違法性が微弱であることを理由に、未だ刑法二三四条の構成要件を充足しないとし、鉄道営業法違反の点については、正当な動機に基づくもので、他に適切な意思表現の方法がなかつたことを理由に、その立入りにつき「正当な理由」があつたものとしていずれも無罪の言い渡しをした。しかし原判決には、右威力業務妨害および鉄道営業法違反の各事実につき、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認および法令の解釈適用の誤りがあるから、原判決はとうてい破棄を免れないというのである。

所論にかんがみ、原判決文をみてみると、原判決は、「被告人らは在日米軍の弾薬輸送阻止を目的として、約五〇名の学生らと共謀のうえ、これと共同して、第一、昭和四三年七月二一日午前九時二八分ごろから呉市広町所在国鉄広駅構内の二番線路内に入り込み、隊列を組みシュプレヒコールを繰り返しながら同駅三番線線路内まで約七四メートルの間蛇行進などをして、もつてみだりに鉄道用地内に立ちり、第二、在日米軍用弾薬を積載した同日午前九時四七分発南小倉行六七一貨物列車の出発を阻止すべく同九時二九分ごろから約二〇分間にわたり、右列車先頭機関車の直前約二、三メートルの進路軌道上に立ちふさがり、あるいは坐り込み、「米軍弾薬輸送反対」などのシュプレヒコールを繰り返して同列車機関士らに対し威勢を示し、その結果約一〇分間同列車の運行を遅延させ、もつて国鉄の輸送業務を妨害した」との被告人らに対する本件鉄道営業法違反および威力業務妨害の公訴事実につき、検察官提出の各証拠によりその外形的事実はすべてこれを認めることができるとしながら、被告人らの右所為中、威力業務妨害の点については、行為の動機、態様および結果のいずれについても社会通念上相当と認められる範囲を超えず、実質的違法性が微弱であるから、いわゆる三友炭鉱事件に関する昭和三一年一二月一一日の最高裁判所判決の趣旨に照らし、未だ刑法二三四条の構成要件を充足しないとし、鉄道営業法違反の点については、本件阻止行動が正当な動機に基づくものであり、かつ他に適切な意思表現の方法がなかつたものと認められるから、その立入につき正当な理由があつたものというべきであるとし、被告人らに対し無罪の言い渡しをしていることが明らかである。そこで記録ならびに原審において取調べた各証拠を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、<証拠・略>を総合すると被告人らはいずれも当時広島大学学生であつたが、伊予田耕治ほか約五〇名の学生らとともに、昭和四三年七月二一日午前九時二七分ごろ呉市広町所在の国鉄呉線広駅一番線に、徳山発糸崎行普通旅客列車で到着するや、広駅当局者の警告、制止を無視して、同駅二番線線路上に飛び降り、四列ないし五列縦隊になつて、「弾薬輸送反対」などのシュプレヒコールを繰り返しながら、同線路上を西方に向かい、二番ホームの西端付近から同駅構内の三番線線路に渡り、同線路上等を約七四メートルの間蛇行進しながら、右三番線に停車中の在日米軍用の弾薬を積載した同日午前九時四七分発南小倉行下り六七一貨物列車の機関車直前に至り、同線路上に坐り込み、あるいは立ちふさがり、同駅当局者の再三にわたる退去要求や、発車の合図にも全く応じようとせず、その間、被告人らが音頭をとつて、「実力で弾薬輸送を阻止するぞ」「弾薬輸送を阻止するぞ、粉砕するまで戦うぞ」「弾薬輸送反対」などのシュプレヒコールを繰り返すなどして気勢を上げ、警察官等により逮捕され、あるいは排除されるまで約二〇数分間右のような状態を継続し、その結果右貨物列車の発進を約九分ないし一〇分間遅延させたことが認められ、被告人らに対する本件鉄道営業法違反および威力業務妨害の公訴事実はすべて優にこれを肯認することができる。

所論は、まず原判決が、被告人らの本件威力業務妨害の点について、行為の動機、態様および結果のいずれについても社会通念上相当と認められる範囲を超えず、実質的違法性が微弱であるから、未だ刑法二三四条の構成要件を充足しないとの理由で、罪とならないものと判断したのは、事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたものである旨主張する。よつて、この点について審按するに、ある行為が一定の刑罰法規の構成要件に外形的に一応該当すると認められる場合でも、被害法益が極めて軽微で、かつ行為の動機、態様等が社会通念上相当と認められる場合には、当該構成要件の予想する程度の実質的違法性を欠くものして、その標成要件該当性を否定すべき場合があり得るとしても、本件威力業務妨害の点についてみるに、被告人らの行為の態様は前記認定のとおりであつて、被告人らは、いわゆるゲバ棒や火炎びんなどは全く使用していないけれども、ほか約五〇名の学生らとともに広駅当局者の退去要求等を無視し、警察官等により排除されるまで約二〇数分間本件貨物列車の機関車直前の線路上に坐り込み、あるいは立ちふさがる等の実力阻止行動により、右列車の発進を妨害したもので、たとえその動機が正当であつても、被告人らの右行為は、社会秩序を著しく紊し、明らかに力をもつて法の支配に代えようとするものであり、その態様に照らし、社会通念上相当であるとはとうてい認めることができず、従つて原判示のように実質的違法性が微弱であるということはできないし、また右行為につき緊急性、補充性等他に社会通念上これを許容すべき特段の事情を認めるに足りる証拠もないから、被告人らの右行為が刑法二三四条の威力業務妨害の構成要件を充足することは明らかである。してみると、右行為が同法条において可罰対象とする程度の実質的違法性を欠き、右法条の構成要件を充足しないものと認めて、罪とならないものと判断した原判決は右法条の解釈適用を誤つたものといわなければならず、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点に関する論旨は理由がある。

次に所論は、原判決が、被告人らの本件鉄道営業法違反の点について、本件阻止行動が正当な動機に基づくものであり、かつ他に適切な意思表現の方法がなかつたものと認められるから、その立入につき正当な理由があつたとの理由で、罪とならないものと判断したのは、事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたものである旨主張する。よつて、この点について審按するに、本件鉄道営業法違反の点についてみるに、被告人らの行為の態様は前記認定のとおりであつて、被告人らは、ほか約五〇名の学生らとともに広駅一番線に列車で到着するや、同駅当局者の警告、制止を無視して、同駅二番線線路上に飛び降りて、隊列を組み、「弾薬輸送反対」などのシュプレヒコールを繰り返しながら、同線路上を西方に向かい、同駅三番線に停車中の本件貨物列車の機関車の直前まで約七四メートルの間蛇行進したもので、たとえ動機が正当であつても、被告人らの右線路内への立入行為は、その態様に照らし、社会通念上正当な理由があつたものとはとうてい認めることはできないし、また右行為について緊急性、補充性等他に社会通念上これを許容すべき特段の事情を認めるに足りる証拠もないから、被告人らの右行為が鉄道営業法三七条の構成要件に該当し、かつ違法性を有することは明らかである。してみると、被告人らの右行為につき正当な理由があつたものと認めて、罪とならないものと判断した原判決は右法条の解釈適用を誤つたものといわなければならず、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。この点に関する論旨も理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、直ちに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人らは、いずれも広島大学学生であつたが、伊与田耕治ほか約五〇名の学生らとともに、日本国有鉄道による在日米軍用弾薬輸送を実力で阻止する目的で、昭和四三年七月二一日午前九時二七分ごろ、呉市広町所在の国鉄呉線広駅に普通旅客列車で到着し、右約五〇名の学生らと共謀のうえ、

第一同日午前九時二八分ごろから、同駅当局者の警告、制止を無視して、同駅構内の二番線線路内に入り込み、四列ないし五列縦隊になつて、「弾薬輸送反対」などのシュプレヒコールを繰り返しながら、同線路上を西方に向かい、在日米軍用弾薬類を積載した下り六七一貨物列車の停車している同駅構内の三番線線路内まで約七四メートルの間蛇行進などを行ない、もつみだりに鉄道地内に立ち入り

第二、同日午前九時二九分ごろから約二〇数分間にわたり、右三番線線路上で、停車中の同日午前九時四七分発南小倉行の右六七一貨物列車の機関車直前約二メートルないし三メートルの進路軌道上に坐り込み、あるいは立ちふさがつて、「実力で弾薬輸送を阻止するぞ」「弾薬輸送を阻止するぞ、粉砕するまで戦うぞ」、「弾薬輸送反対」などのシュプレヒコールを繰り返すなどして、同列車機関士植田信幸、同機関助士西本等らに対し威勢を示して警察官等による実力排除が終るまで同列車の発進を妨害し、約九分ないし一〇分間遅延させ、もつて威力を用いて日本国有鉄道の輸送業務を妨害し

たものである。

(証拠の標目)<略>

(確定裁判)<略>

(法令の適用)

被告人らの判示第一の所為は鉄道営業法三七条、刑法六条、一〇条、昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条二項、四条三項、刑法六〇条に、判示第二の所為は同法二三四条、二三三条、六条、一〇条、昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項、三条一項一号、刑法六〇条にそれぞれ該当するが、被告人滝川、同堀永については、以上の各罪と前記確定裁判のあつた各罪とは同法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ていない判示各罪につきさらに処断することとし、右各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、右第二の罪については所定刑中いずれも懲役刑を選択し、同法五三条一項により右第一の罪の科料と第二の罪の懲役刑とを併科することとし、その所定刑期および金額の範囲内で、被告人らを各懲役四月および科料九〇〇円に処し、科料不完納の場合の労役場留置につき同法一八条を、懲役刑の執行猶予につき同法二五条一項を、原審および当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を各適用することとする。

(弁護人および被告人らの主張に対する判断)

弁護人および被告人らは、被告人らが国鉄の本件貨物輸送を実力で阻止した行為が、刑法二三四条の構成要件を充足するとしても、これらの貨物は米軍の弾薬類であり、これら米軍の弾薬類の貨物輸送はそれ自体多大の危険を伴うものであるから、国民の生命、身体、および財産に対する急迫な侵害であるとともに、このような米軍の弾薬輸送は日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力および安全保障条約(昭和三五年六月二三日、条約六号、以下新安保条約という)に基づくものであるところ、右条約は憲法前文ならびに同九条に違反するものであるから、憲法の容認しえない右条約に基づく国鉄の本件弾薬輸送業務は違法な行為である、従つて、それを被告人らが実力で阻止するのは当然であり、被告人らの本件所為は、正当防衛ないし正当行為として違法性を阻却し、犯罪を構成しない旨主張する。

しかし、記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴しても、本件貨物列車による在日米軍用の弾薬輸送が、所論のように、多大の危険を伴なうものであることはこれを肯認するに足りる証拠を見出すことができないし、また、新安保条約のごとき、主権国としてのわが国の存立の基礎に重大な関係をもつ高度の政治性を有するものが違憲であるか否かの法的判断をするについては、司法裁判所は慎重であることを要し、それが憲法の規定に違反することが明らかであると認められないかぎりは、みだりにこれを違憲無効のものと断定すべきではないこと、ならびに新安保条約は憲法九条、九八条二項および前文の趣旨に反して違憲であることが明白であるとは認められないことは、最高裁判所昭和四一年(あ)第一一二九号同四四年四月二日大法廷判決(刑集二三巻五号六八五頁以下参照)の判示するとおりであるから、本件弾薬輸送の危険性および新安保条約の違憲無効を前提とする右主張はとうてい採用の限りでない。

よつて主文のとおり判決する。

(栗田正 久安弘一 片岡聰)

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